小池都知事 都政改革本部をスタート

東京都の小池百合子知事が いよいよ動き始めた。今回、新たに設置された『都政改革本部』のメンバーからは、おぼろげながら都政改革の全容も見えてきた気もするが、特筆すべきは・・多くの同業者(なかには知り合いもいる)つまり コンサルタントが含まれてるところだろう。

メンバーには、大阪府改革の旗手 上山信一氏(慶応大と米ジョージタウン大学政策大学院教授、東京財団上席客員研究員でありながらマッキンゼー出身のコンサルト)の他にも、同じく デザイン・クリエィティブ関連などに強いマッキンゼー出身の経営者&コンサルタント 町田裕治氏や、ITに精通したグレートジャーニーの安川新一郎氏・イオン顧問の山梨広一氏といった名前がみられる。

それにつけても「会議の模様がインターネットで完全生中継され、情報公開の徹底と不透明な政策決定との決別が目的」とくれば、やはり思い出されるのは大阪府橋下徹氏の改革路線ではなかろうか。これは同じく、上山信一氏をトップに据えた点からも明らかに思われる。

『来年度予算の確保のため、今年度の予算を使い切る』『変化を求めぬ 慣習へ従ったルーティン』は、公務員やサラリーマンなどの《一つの仕事しかしてこなかった方》に多くみられる傾向だが、真のコンサルタントは皆、複数の仕事を同時にこなし、社員から経営者までいくつものポジションを経験してるのが普通である。(そうじゃなくともコンサルタントと呼ばれる人もたくさんいらっしゃるが)

いつの世も、変化せぬ者と変化を促す者とのせめぎ合いは存在する。今後の都政は【変わるのか? 変わらないのか?】が焦点とも言えるが、それは同時に《変化せざる者と変化してきた者との戦い》でもあるのだろう。

内村航平選手 体操個人総合連覇

オリンピック 体操個人総合で 内村航平選手が2連覇を飾った。2位のオレグ・ベルニャエフ選手(ウクライナ)とは最終競技まで “もつれ込む熱戦” を演じ、最後の最後、大逆転で金メダルを獲得している。

しかし、こういった採点競技ではいつもの事だが・・海外メディアからは、内村選手に対し「あなたは審判に好かれてるんじゃないの?」なんて “嫌み” な質問が飛び交い、直後の国内メディアにおいても採点に関して疑問を呈する “ほのめかし報道” がいくつかみられたことは明記しておく必要があるだろう。

つまり、いくら選手がオリンピックやスポーツの理念へ忠実でも、運営側やメディアは常にマーケット重視で、金になるなら《火のないところへ煙をたてたがる》ということだが・・そんな馬鹿げた会見の最中「スコアに関してはフェアで神聖なものだった。航平さんはキャリアの中でいつも高い得点をとってきたのだから、そんなの無駄な質問だ。」と、ひときわ怒りをあらわにする人物がいたわけである。

それって いったい誰なのか? これがなんと、死闘の末に最終競技の採点結果で銀メダルになった人物。すなわち、メディアが悲劇の主人公へ仕立て上げようとした当事者 オレグ・ベルニャエフ選手だったのだ。内村選手も国内メディアのインタビューで「東京五輪は間違いなく、オレグ(ベルニャエフ)が狙ってくると思うし、オレグが取るんじゃないかな〜と今は思います。」と語ったみたいだが、これって なんとも立派なスポーツマンらしいエピソードで、メディアの思惑がはずれた事も含めて、何とも清々しい気分にさせてくれる出来事と言えるのではなかろうか。

普段、筆者はオリンピックを一切観ないが、その主な理由は・・上記のような 馬鹿げた邪推ばかりするメディアを筆頭に、白人ばかりの水泳競技など《運営側のあり方が差別的かつ見え透いており、観ていて気分を害する点》にある。けれど、このような選手たちの気持ちのよいリスペクトが感じられるなら、今後は「ちょっと観てみようかなぁ」とも思ってしまった次第である。

女性初の東京都知事と受動喫煙

小池百合子氏の都知事就任により 新たな都政が動き始めた。

都知事は “初登庁” の際に「都議会各会派へ挨拶まわりする」のが恒例行事だそうだが・・一般企業なら 新しい社長へ幹部のほうから挨拶へ出向くのが普通であり、こういった慣例からも「いかに都議が偉そうなのか? 」も窺い知れる次第である。

しかし、せっかくトップが出向いたのに「都議会のドンと呼ばれる自民党の内田茂 都連幹事長」や政調会長は不在。川井議長に関しては、都知事に説教したり写真撮影も拒否する始末で・・こういった  “あからさまな嫌がらせ” や 偉そうな態度は、日頃、ご主人やまわりの高齢者から散々そうされて辟易してる「世の女性たちから多大な反感を買う」のは必至。むしろ「こんなのがまだ通用する」と妄想してる前時代的な人物が東京都の中心にいる事自体に驚きを隠せないのが正直なところだ。

それにくらべて、小池都知事は「選挙中、自身に対する批判を展開してきた 丸川環境大臣」の東京オリンピックパラリンピック担当大臣就任について「いろいろとお立場もありましょうから」と大人のコメント対応をして、全国に格の違いを見せつけた形となっており・・つまり、選挙中と同じく、世の男性方の出来が悪ければ悪いほど好都合という構図がますます明らかになりつつあるわけだが・・

「女性が本気になったら男性が束になっても勝てない」ことを証明した今回の都知事選。個人的には、そろそろ男性は女性の引き立て役に徹したほうが良いのでは? とも思う次第だが・・今後は、女性初の都知事と女性オリンピック・バラリンピック担当大臣がタッグを組み【オリンピックがらみの利権渦巻く魑魅魍魎の男性たち】と、どう渡り合ってゆくのか? にも注目であろう。

ただ、ひとつ懸念材料を挙げるとしたら、これまでの慣例で「オリンピック・パラリンピック開催都市は必ず受動喫煙防止法ないしは条例を制定してきた」経緯があり・・先日、厚生省もその準備を着々と進め「受動喫煙での年間死者数が1万5000人に達した」との“馬鹿げた発表”をしたばかりである。

もちろん筆者は【学説でも諸説あり、これが定説ではなく、ただの主張の範囲を出ていない】としても、これが風潮になりブームになってる! としたら、そんなのは他のどんな分野もしくは、これまでの文化に照らし合わせてみても仕方ない事なので・・事の是非を問うつもりは全くない。

けれど世間が、あまりに欧米的《敵味方。善と悪。といった二元論》を強要しすぎて、過剰な締め付けを躊躇なく実施するようになると、ちょっと後が怖いのは否めないだろう。いわゆる “そういった空気や風” がマーケットの主流になってしまうと、次々「お酒・エコ・公害」にも同じような手法が用いられ・・ひいては人物像や趣味・性格などにも波及する可能性がある! ので、結果的に誰も望まない規制・締め付け社会が形成される危険性を秘めることにもなりうる! ということなのだ。

女性は思考も行動も柔軟で、男性とは異なり《きちんと間違いを訂正できる能力も有している》政治は結果責任! とよく言われるが、その鋭い洞察力で「いま正しいと思える事よりも、未来にとって正しい事」を選択してもらって、世間の風にも風潮・慣例にも怯まず立ち向かい、是非とも “皆が胸のすく成果” を次々挙げていってもらいたいと願うばかりである。

ビルボード・クラシック 玉置浩二コンサート

ビルボード・クラシック 玉置浩二コンサート」は、幸運なことに2回観させていただいた。もちろんバンド構成でも素晴らしいが、オーケストラをバックに “語りなし” で淡々と唄うLiveも、なかなか違った味わいで感銘を受けるものだった。

とくにラストの【夏の終わりのハーモニー】では “マイクを使わず・・2000人前後の観客へ生声で歌を届ける” のだが、彼くらいの声量があれば《べつにオペラ流の発声をしなくとも普通の唄い方で十分はっきりと聞こえる》のは当然であろう。

これが米国のエンターティナーなら、Liveでも講演などの語りでも「2000人クラスの会場でマイクなし」は当たり前だが、なかなか日本にはいないのが現状で・・そういった意味でも、彼は国内では数少ない 真のプロの一人と言えるかもしれない。語りや歌・演劇などを生業とする方なら、ぜひ一度はLiveへ足を運び・・その発声や音の響きを体感してみるのも勉強になるのでは?

本田圭佑氏がMIT研究員に

ACミランの日本代表FW本田圭佑氏が、マサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボ「ディレクターズ・フェローズ・プログラム」の特別研究員に就任! との報道があった。

「ディレクターズ・フェローズ・プログラム」とは、世界各地の様々な分野における第一人者を特別研究員として招き入れ、学問と実践の場を結び付けながら世界的問題へ取り組み、これまでにも多くの革新的な成果を挙げてるプロジェクトだが、今回の抜擢は、プロサッカー選手でありながら『世界各国でサッカースクールを主催したり、SVホルン(オーストリア2部チーム)のオーナーや国連財団 ユース担当のグローバル・アドボケートを務める他、安倍首相に直接面談しての教育提言を行ったりと・・多くの国際的教育事業での功績が認められた形となっている。

過去には筆者にも同じようなオファーが複数あったので、どういう経緯で、また どのような意義で選ばれたのか? は、おおよそ見当もつくが・・これは素晴らしい事だと思う。なぜなら、本田氏は有名人なので・・この件を通じて、彼は「MIT研究員となるのに学歴は関係ない(たしか彼は高卒だった気がする)」「サッカー選手だからといって サッカーだけをしてるとは限らない(同時に複数の事へ取り組んだり、多くの職種を持つのは当たり前である)」など、多くの提示を世間へ示すことになるからだ。

げんに同ラボにおいて、彼は「プロサッカー選手・企業家・教育者」と紹介されてるが、はたして日本やイタリアメディアにそのような認識ってあるのだろうか? 変な決め付けやレッテル貼りは きっと何の役にも立たない。そろそろ日本も事実は事実として、その功績や「何を目的とし何を成そうとしてるのか? 」で人物像をはかるべきかもしれないなぁとも思う。そうでないと やはり、いつまでたっても、教育や経済で米国には勝てない気もするし・・当然ながら、教育においては「子供たちの夢を自身が体現してるかどうか?」がすべてのような気もするのだが。