想像力を駆使した妥協しない生き方

政治経済など「人がその思惑に従って営む動き」を読み取るのはさほど難しくない。かならずそこにはある種のパターンや傾向性があるからだ。しかし、人間や大自然の真実を掴み取る事は容易じゃない。たとえば、ガンがどのようなメカニズムで発生し増殖するのか?これまでの論理は 根底から間違っているから、基本となるものが何もないのだ。すると、どうしてもたくましい想像力を駆使して仮説の上に仮説を積み重ね、それらが現実にピタリと一致するまで、ひたすら愚直な作業を継続しなければならなくなる。

だいたい 誰もこんな馬鹿げた行いはしないし、それを何十年もやってるなんて・・・自分でも不思議に感じるが、それでもやらずにはいられないのは何故か? 世間に役立つとか、誰かのためになりたいなんて、そんな事はこれっぽっちも思っていない。ただ 病の人が目の前にいたり戦争や飢餓があったり、生きるために幼稚な嘘をつき続けたり、複雑なまどろっこしい表現をしなければ生活が成り立たないと頑なに信じてる人を見るのがたまらなく嫌だからだ。

あくまで全部 自分自身のため。そんなことを目にするのも関わるのもごめんこうむりたいなら、世間から失くしてしまうしかないわけである。その行動の先に結果として人に役立つ行為があるだけで、それがまぎれもないストレートな現実だと思う。何事においても「仕方ない」なんて容認はできない。仕事や生活、人間関係など、あらゆるものをこういう人生観に基づいて行なっている。何を成し遂げようと、また成し遂げられなかったとしても変わることは一生ないだろう。