学ぶなら論理より感性

昨年の年末に受けた仕事で追われていたが、それもやっと落ち着いてきた。まだ いくつか千人単位の講演会や企業研修の依頼も残っているが、明確な返答は濁しておくことにした。というより、お断りしようと考えている。たしかに優秀な講師を早めに確保しておくのは、いかにデジタル時代とはいえ、費用対効果を考えれば、いまでも収益をあげるための有効な手段には違いない。

しかし、その講師の使い方を熟知してる企業は少ない。やるほうにしてみれば、もっと結果を出せるのだから、そのアイデアごと活用してくれなければ受ける気も萎えてしまう。詳細を聞けば 趣旨も運営も以前のまま、それではたんなるルーチンワークにすぎないのである。その場で製品が売れるとか、社員の成績が向上するかどうかなんて、インスタント的な効能は もはやデジタルの分野に任せるべきだろう。

デジタルは論理、アナログは感性を刺激する。論理は つねにその場かぎりで後には何も残らないから波及効果も自ずと限られてくる。アップルにしろ、グーグルにしても 次々新しいものを生み出さなければならないから、以前の論理は何もなかったのと同じだ。大切なのは、そのアイデアを生じさせる元である。感性とはその元を育む。ゆえに一生の財産となろう。もし 社員や関係者に自力をつけさせ、自立を促したいなら、今にしか役立たない理屈より、知性そのものの創出法を学ばせたほうが良いと思われる。