指針は経験し尽くすことである

数十年前は、ホテルのスィートにこもりきりで、毎日 秘書数人とルーム・サービスばかり頼みながら、仕事漬けの日々を過ごしていた。20社以上から依頼されたプロジェクトをマネージメントしてたから、電話やFAXでいきなり仕事の話を切り出されても、いったい何処の話だったか混乱してしまうほどだった。各分野における30名ほどのエキスパートを集め、チームを組んでいたから指示だけ出せば、その日のうちに、アウトラインくらいは出来上がってるのが当然だったが、大手を離れて独立し個人事務所になるとそうはいかない。とにかく最初のうちは、業者や関係者の仕事が以前の何百倍も遅くて、イライラの連続であったのを覚えている。

その後、多くの会社を経営し、取締役を辞任してオーナーとなり、アドバイス程度で全部人に任せていたが、数年前に顧問先も含めて、すべてやめて晴れて自由の身となった。その理由は遊んでいなかったからだ。筆者の人生訓は、人がやれることは、生きているうちに出来るかぎり経験し尽す!である。一般に言われる 家庭を持つことや就職、経営なども そのひとつでしかない。もちろん、自由人もそうである。まだまだやり尽くせないものがたくさんある。何事もまた興味がなくなれば、次へ進むだけだ。

「この仕事が好きだから」「この境遇で満足している」なんて嘘ではないかと思う。人間はどんなに求めていたスタンスへ就けたとしても、必ず飽きてしまう生き物だ。どんなものでも志を成しえれば、それは もう志ではなくなるだろう。それ以上やり続けても成果があがらないのは、歴史が証明している。ならば、よほどの寂しがり屋でもない限り、仕事なんて早急に仕上げて、そこから一刻も早く離れてしまいたいのが人情だ。論理や倫理、美学をはずしてしまえば、人の自然な本質が見えてくる。世情のことはどうでもいい。感性に従い、実践の中で認識の拡大をはかっていくだけである。