国会議員と中央官僚って必要なのか?

そもそも 国会議員や中央官僚って本当に必要なんだろうか? 権限というものが何故機能するかといえば、それは使える資金を確保しているからである。こんなのは、経営経験のある人なら誰でも知ってるはずだが、つまり これが行政なら【予算がある→権限が拡大する→さらに管轄範囲を大きくする】といったスキームが必然的に働いてしまうのだ。その結果 何が生じるかといえば、管理できないほどの仕事を抱えて自らパンクしていくことになる。

地方分権推進の意義もここにあり、そのメリットは 現在の仕事を抱えすぎた 一括管理の中央集権体制を払拭すると、各所に目の行き届いた政策が実行できるという点に尽きるだろう。仕事の抱えすぎは 財源の一元化や集中から自然発生的に起こってくる。ならば、地方分権を施行する際には、財源委譲が まず先に来なければならない。要するに、財源の移行さえすれば、あとは勝手に権限委譲も行われるというわけである。

しかし、もっと大胆に考えるなら、国会議員や中央官僚はいらないとも想像できる。今の国会議員は どうせ地方の利益に応じて選ばれるのだから、それは別に知事でも同じことではないだろうか。実際 各地の実務を束ねる知事たちの連合が、国全体の事を議論したほうが有意義である。また 中央官僚の行う法案作成業務も、一般事項と経済政策部門に分けて、すべて一般シンクタンクへ移行させてしまえば官僚は必要なくなるはずだ。法律と財務のプロの意見を、それぞれ法律に反映させたほうが、実務経験のない公務員がイメージや数字で研鑽したものより現実的であろう。もちろん、実務は全部地方の公務員に任せればいい。

そして、首相選びは公選制にして、まずは国民から直接選ばれた者が独自のブレーンを集めて政策を打ち出し、それをプロのシンクタンク集団が研鑽して煮詰める。さらに それらを地方へ機能させるために 知事連合が実務的に検討すれば 国の事はそれで済むような気がする。この一連の流れを ITを活用して国民全員をオンブズマンにし、チェックできるようなシステムさえ構築しておけば「政策なき名前の連呼選挙」なんかやらなくてもいいだろうし、莫大な財政予算も必要なくなる。あれこれ枝葉を論じるより、何事も「そもそも論」で捉えるべきだろう。経営でも行政でも、顔ぶれや考え方より、そのシステムそのものが問題なのである。陳腐化した古い構造は何事につけ、弊害しか生み出さないと思われる。