千葉東方沖と三陸沖の地震

昨日、千葉東方沖(M6.1)と三陸沖(M6.8)で大きな地震があった。気象庁は 東日本大震災の余震と定義し 今後の注意を促しているが、その解説はあまりにもステレオタイプではないだろうか。自然は人間が起こす事象ほど単純ではない。ゆえに地震のメカニズムを読み解くには、現実に生じる さまざまな現象について、あらゆる相関関係をつぶさに検証する必要があるだろう。にもかかわらず、彼らが述べるのは「過去の地震資料に基づく統計分析」の範疇を出ないのである。

たとえば ここ数日、太陽では大規模なフレアが頻発。磁気嵐が何度も発生して黒点数・磁気ともに大きく変動していたし、関東以北で いつまでも寒さや大雪が続いていた。また昨年は 三陸・茨城・千葉・和歌山・新潟ほか、全国で連動型地震が多発していたはずだ。つまり、太陽の活動・地球の磁気情況・高気圧や低気圧の配置などの気象関係・地上と海水の温度変化・地殻プレートおよび断層・地下構造における各地の連関性など、数え上げたら検討材料にはきりがないのである。いま挙げた項目を理解するだけでも、天文学・素粒子理論・地質学・熱力学や運動力学などの各種力学と振動学ほか、膨大な学問知識が要求されてくるわけだが、さらに それらを関連付けるとしたら、卓越した哲学的知性も必須となってくる。

だからこそ、現在のところ、地震とは何か?を解説できる人は出てきていないのだが、危機意識が高まれば地震研究を行う方も相対的に増えてくるはずだ。そして、その中には きっと高い哲学を有する人物もいることだろう。歴史が証明するように、単純な発見や机上の理論では 現実には役立たない。それらを工学にまで高めて はじめて技術的発展はなされる。工学とは 専門分野でも、ひとつの研究成果に対する固執でもない。世の中全般の関連性を研究対象にしてこそ見出されるものである。それは政治・経済・自然科学など、どのカテゴリーでも同じだ。よって これからの時代に望まれるのは、専門家の見解ではなく、総合学に卓越した人物の高い見識のように思われる。