真の日本経済は欧米型を捨て去るところから始まる

「デァフクト・スタンダード」これに関して、最初から思い違いをしている経営者は多い。イノベーションとは「最初からある決まりの中でナンバー・ワンを目指す」ことではなく、じつは「決まりを作る側に回ってオンリーワンのスタンスを確立する」ことである。これまでの日本の法律や制度、産業構造の枠は、すべてそのまま海外から輸入されたものか、たんなる模擬にすぎないものばかりだ。つまり 独自の産業システムさえ、いまだ持ちえていないのが現状なのである。

戦後、どこも日本製品を輸入してくれなかった事情から、高度成長期に 欧米の形に則って経済を推進してきたのはあながち間違いではないだろう。しかし、そろそろ 日本も世界から自立を促される時期である。その自立とは独自のシステムを持つのとイコールではないだろうか。やたら海外の事例を持ち出し、ディベートを繰り返すだけでは いかにも古いワンパターンだといわざるを得ない。しかるに、知恵をしぼるべきは「今ある既存産業枠の中で、いかにして生き残るか?」ではない。「どのようにして まったく新しいマーケットを構築するか?」にかかっているのだ。要するに、オリジナリティーやオンリーワンに勝る価値はないわけで、そこへアプローチしないかぎり、どこまでいっても 何かのしがみやコントロールからは逃れられないことになる。

たとえば、依然関わった ドイツのギルドを模擬した古民家システムを、国内の地方都市へ波及させようとする試みにも、筆者は逆に 日本の街づくりを海外へ輸出する足がかりにするべきだと提言した。それが都市開発の肝でもあるからだが、国や行政は その意図をまったく理解できずにいた。これはイマジネーションよりも、形ある実例のまねばかり得意としてきた これまでの思考体系が成せる技だと思うが、同じように コンサルティングしている外資企業の経営者たちには、自身の国のスタンダードなやり方や偏った思想の枠を押し付けてくる傾向が顕著に見られる。もし こちら側がそのような既存概念を全部飲み込んで経営を進めたならば、結果的に双方にとって何の発展も見込めないことになろう。要するに、そんな関係性なら、どこの誰と付き合おうと、あってもなくてもどちらでも良くなるのである。もし、本当に相手のためを思うなら、一時は真っ向から対立しなければならない。そして、なおかつ 対立する覚悟があるのなら、こちら側はあらかじめ その問題に関しての画期的提言を用意しておかなければならないわけである。

原発対応や消費増税を見てもわかるように、政府や行政のやり方はつねに「欧米型の対話と圧力」に准じている。「このままでは電気が止まる。国が立ち行かなくなる。」といったものは、すべて脅し。つまり圧力だろう。その圧力を背景としての対話が法案を通すための常套手段となってるわけだ。しかしながら、この論法を打破するには、それを超えたさらに高いアイデアと解決策を用意してのぞまなければならない。従って何事においても仕掛けるほうが優位になるのは明らかである。よって大阪市の橋下市長などは、つねに仕掛けるし先に提言している。これは経済を行ったことのある者なら当たり前の行動、そして事を成しえるための兵法でもある。したがって、何事も従うより能動的に仕掛けなければならない。もし受身の態度を取るなら、つねに相手を遥かに凌駕できるほどの知性を持っていなければならないからだ。しかし、残念ながら、今の日本には 自ら仕掛けるだけの勇気も、一旦受身となってから切り返すだけの飛びぬけた知性もないといえる。気弱で知性がないなら、何も出来はしない。経営者には つねに勇気と知性の両方が求められている。