普通ではない中道の意味

人生とは「その人物の生き様の振れ幅の大きさ」によって決まってくる。上と下、あっちとこっちなど、さまざまなスタンスの多様な経験の数に比例して、人間性の厚みや重厚さ・深遠さも深まってくる。もちろん道理として、両端がなければ真ん中がわかるはずもないので「多様な経験を有しないリベラル」なんてあり得ないことになるわけだが、まさしくこれが中道の意味ともなろう。

たいていは、普通を目指すか その少し上くらいを維持したがるが、それではけして真ん中は理解できないと思われる。なぜなら、真ん中は けして初めからあるものではなく、両端があるからこそ自然に出来てくるものだからだ。そして また、この真ん中の位置はその都度変わりゆく。

したがって、時代についていけない、変化に対応できない要因はここにあると考えられる。だからこそ、経営者には、あえて人生に起伏を作り出すくらいの気位が必要とされる。しかるに、うまくいかないのであれば、すべからく思い込みが激しすぎて、どちらかに偏っているのが原因であろう。ならば 解決策は、これまでやった事のないものや これまで避けてきた経験の中にこそ見出されるはずである。どこかに明確な答えが存在するのではない。そんなものを探し続けてもムダだろう。振れ幅を作ることで、自ずと自然発生的に、感性として 中道は身についてくる。あらゆる事象に対しての答えは、方法ではなく、生き様の中にあると知るべきではないだろうか。