科学の役割とは

中部大学の武田邦彦氏は、いつも本当のことをおっしゃるので心地よい。
今回は 『科学の役割』 について論じている。http://takedanet.com/2012/04/post_2eb1.html

要約すると・・・数学者のポアンカレは「私たちは事実がどんなに残酷なものかをよく知っている。ゆえに事実より幻想の方が心安まるものであり、力づけてくれるものとなりえるのだ」と述べた。また 東大総長の浜田純一氏は「科学に携わる者には、人間が陥りがちな弱さに陥らず、他の人をも陥らせない役割が求められる。科学というものは けして精神安定剤ではないからだ」と訓示されている。

しかし、地震予知が始まった1970年代に、東大の地震の先生たちはお金欲しさに「東海地震が先に来る」と言いはなち、阪神淡路と東北で犠牲者拡大の原因を作った。さらに 福島原発事故による被曝が始まると、東大教授はあちこちで「大丈夫」と吹聴してまわり始めてもいる。彼らは、自分たちの大学の総長が発した訓示にも耳をかさず、政府のいいなりになって科学を捨てたのだ。自らの利益だけを考えて「わかっているのにやらない。わかっているのに違うことを言う」なんてのは精神的疾患だろう。それは東大教授に著しくみられる傾向であり、日本のインテリに共通した病状と思われる。といったものになる。

もちろん 事実は過酷である。誰もが幻想を信じたいし、お金もほしいし 楽な暮らしもしたいものだ。経済の世界では、それがたとえ嘘であっても、何かを殊更に煽って、マーケットを作る行為は常套手段として許されるかもしれない。だが、科学は事実だけを追及するものである。喫煙の害もメタボも その類だから、科学者は誰も鵜呑みにはしていない。真実は作れるけれど 事実は ただ ありのままだからだ。自分は何者か? これを忘れたなら、もはや その人物は何者でもないと思われる。

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