プロとしての姿勢

人は明確な答えを欲するものだ。しかし、そんな要求に応じ、安易に解決策を提示してるようじゃ相手をダメにするだけだろう。指導者には「相手が気付くまで待つ」といった ある種の忍耐強さも求められるが・・愛情があるなら自立を促すしかないし、どんなに非難されようとも、わかってくるまで ただじっと我慢であろう。

人生において、必死さから生じる気付きに勝るものはない。それはうまくいってる時も、うまくいかない時も同様で・・今日うまくやるより、その時挫折しても、のちに自分でやれる事にこそ意義があるわけだが、何もかもが管理された中でマニュアルどおりやれたところで、それが数年後の失敗へ直結してくるなら、そんなの甘やかしにすぎず・・・教育とはすべてが、そういった結果責任に基づいて行われるべきものに違いないのである。

悪口を言われるのも、非難されるのも慣れている。他を指導するなら、世間の評価ではなく、自分自身のわかっていることを愚直にやり通すだけの信念を貫くべきで、プロには「常識に流されない。他の目を気にしない。」といった ある意味での頑固さも必要なのだ。

綺麗ごとや その場の機微だけで当たり障りなく生きてゆくだけならロボットでもできる。予想だにしない未来を描けるからこそ、人間は素晴らしいのだ。つねに自分を思うように・・・他を思い、生きることに真剣で一生懸命。そんな馬鹿さ加減こそが、まさしくプロにとって必須の姿勢となろう。新たな旅立ちには、その道を照らす明かりのみあれば良い。未来は未知だからこそ面白いのである。

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