与野党5党が都構想法案で合意

民主、自民、公明、みんなの党国民新党5党が、大阪都構想の実現を後押しする新法案を今国会に共同提出することで大筋合意した。選挙が近いこともあってか また各党の画策が激しさを増している。それにしても 橋下大阪市長率いる維新の会の人気を恐れてか、ずいぶんと気を使った法案を出すことに決めたものだ。思惑としてはおそらく「国会が都構想に理解を示しておけば、維新の会が国政へ進出する名目をそげる」との判断があったのだろう。これで維新の会のメンバーが 国政へ大量に立候補を立ててくれば、メディアがこぞって「大義なき候補乱立」と叩いてくれるに違いない。

どんなにみっともなくても、なりふり構わない人たちはたくさんいるものだ。そして、こういった輩は つねに「のどもと過ぎれば 何とやら」 維新の会が立候補者を立てず、自民党連立政権という元のさやに納まれば、すぐさま【都構想はうやむやにされて頓挫する】に違いない。要は 生き残るためにその場だけ繕えばいいと考えているのだ。しかし、このような下世話さを容認するのも、また社会の写し鏡と言える。結果責任といった義務がおざなりにされれば、権利ばかりがクローズアップされて、無理な道理も正当化されてしまう。

しかるに、人がどう思うか? なんて一切関係ない。大切なのは、自分がどう感じるか? である。媚びることに意義があるなら、いつまでたっても 他人の人生を生き続けねばならないだろう。そんなのが誰かのためになると考えているなら まったくの思い違いではなかろうか。資本主義の原則は「自らが好ましいことをすれば、それが結果的に他のためにもなる」である。これは裏を返せば、自らにとって好ましくない言動をすれば、他の弊害となるということにもなろう。生き残りや生存をかけた行為は、それが経済であれ、政治であれ、何の役にも立たないと思われる。