ウサイン・ボルト 人類最速の秘密

筆者は オリンピックにほとんど興味がない。ゆえに中継も見ない。まとめのニュースダイジェストでチェックするくらいで十分である。それは仕事柄、アスリートやスポーツ選手の世界をあまりにも知りすぎているからかもしれないが・・・しかし、それにしても 陸上100m世界最速の男 ウサイン・ボルトの名前くらいは知っている。

そんなボルト選手が 先日NHKで特集されてたが、これがまた じつに興味深い内容であった。彼はアスリートとしては重篤な病気だったのだ。病名は「脊柱側弯症」(せきちゅうそくわんしょう) 背骨がS字に曲がる症状である。この病名と宣告された方には、本人の勘違いや誤診も多いのだが、写真を見る限り、彼の症状はプロの目から見ても本物である。おそらくは、日常生活にも支障をきたすレベルと推測される。もちろん、陸上などとんでもない話で、もし、自身が彼のトレーナーなら、あっさり「選手生命は終わりです」と告知していたかもしれない。当然、彼は 各部位の肉離れやハムストリングに悩まされ続け、期待されながらも 成績を残せずにいた。ここまでは当たり前のことに感じる。

だが、彼はあきらめなかった。肉離れなど日常茶飯事の「サッカーの世界」へ活路を見出していったのだ。ドイツの有名チーム バイエルン・ミュンヘンのチーム・ドクターに師事し、肉体改造に取り組み始める。つまり、これは側弯症からくる 各種 筋肉負荷に耐えうるだけの鍛え方をしようとの試みだ。そして、彼は想像を絶するトレーニングの末、金メダルと世界最速の称号を手に入れた。

しかし、皮肉にも 他を寄せ付けない彼の圧倒的強さが その肉体的ハンデにあったことが科学で解明され始める。ボルトの歩幅は左右で大きく異なるのだが、それは曲がった背骨と骨盤が 着地時に全体のバランス角度を変えるからであった。力学的に言えば、普通の脊椎角度では生み出せない 着地時の体全体のつっぱりが あの爆発的キック力を生み出していたのだ。つまり、あのスピードは彼の身体的特徴の賜物であり、そのハンデを克服した先に生まれた特異なものであって、まさに 誰にもまねできないオンリーワンなのである。しかし、ボルト選手は さらにタイムを縮めようとしている。これはアスリートの宿命であり、存在意義でもあるのだから避けられないだろう。曲がった脊椎では どうしても足をまっすぐに出せず、スタート時点のタイムロスを生じさせる。次はここを克服しようとしているのだ。だが、この修正は また新たに筋肉へ負担をかける結果を招く。「さらなる怪我のリスクとの戦い」そんな焦りが 世界選手権・大邱大会でのフライング失格につながったのかもしれない。

この一連の努力は称賛に値するが、私たちがここから学ぶべきは、どこかの不具合を筋肉強化によって克服しようとする行動の愚かさであろう。こんな無謀は「アスリート限定」であり、それは後の結果として、より体を傷めることにつながることを知るべきである。アスリートにとって尊いものを、努力もしない私たちが真似しようとするのは ただ安直なだけ。後の人生を刹那的にするような行為はやめておいたほうが賢明に思われる。