橋下大阪市長の不倫問題

橋下大阪市長の不倫問題が大きく報道されている。しかし これは、政治という仕事に関して何の関係もない話であろう。なぜ 関係ないかと言えば 「これは知事になる前、彼が弁護士時代の事だからだ」 一般人だったのだから行政の機密が漏れていた可能性はない。したがって業務に関する過失も認められないはずである。どこかの民主党議員のように、公の人になってから、愛人に議員宿舎のカギを渡したり、路上や駅など 公衆の面前で何かしていたわけではないのだ。ゆえに、これはあくまでプライベート。橋下氏の家庭内限定の問題となろう。

それを鬼の首を取ったように、接客業というスタンスをないがしろにして暴露した相手の方や、彼の妻や子供の気持ちを考えずに 何年も前のことをあれこれ穿り返すメディアには辟易する。むしろ お金や業績のためなら何でもアリ・・・そんな姿勢のほうが蔑まれるべきではないだろうか。とくに彼の場合は、出生や生い立ち、若気のいたりでのやんちゃなど、政治家になる前の事ばかり話題にされてきた経緯がある。自分の顔や身辺まで晒して 何かをやろうという人間は、誰しも「できるだけ 家族や身内はさらし者にしたくない」と願うものだ。もし 彼に期待するなら、せめて そういった馬鹿げた話については、世間が擁護してあげるべきではなかろうか。自身にも経験があるから よくわかるが、そうでなければ、とてもリーダーなんてやってはいられないと思う。

つまり 橋下市長は「若気の至り。家族と話し合います」で終わり。週刊文春や暴露話を提供した方やその周辺の人たち、および しつこく連日報道するメディアには「いいかげんにしろ」 これが正常で健康な社会のあり方だと感じる次第である。しかし、こういった後には、ここぞとばかり過去の女性問題に関するデマが横行してくる可能性もある。どうも世間は前例さえ作ってしまえば、その後はどんなデマでも受け入れてしまう傾向にあるからだ。そうなれば、デマ対応に撲殺されて、政治活動にも支障が出てくるだろう。もちろん、彼に国政に出てもらうと都合の悪い勢力にとっては、その辺も狙いなのだろうが。いずれにしろ、そういう思惑に動かされれば、国民にとっては何の得もない事だけは明らかだ。何の意味もないマーケットには乗らない。これも自己防衛手段のひとつではないだろうか。