まことに遺憾である

政治家がよく使う【遺憾】とは、どういう意味だろう。辞書を引くと「期待したとおりにならなくて心残り」もしくは「残念」と出てくる。ならば もっとわかりやすく「期待はずれ」とか「残念」にすればいいと思うが、なにゆえ あえて耳慣れない難解な言葉を使う必要なんてあるのだろう?

たとえば 医者が医学用語ばかり連発したらどうか? 患者さんは何も理解できないはずだ。つまり「相手に対して曖昧で態度がはっきりしない事=いかがわしくて疑わしい怪しい事」と、はっきり辞書にも書かれてるとおり「理解されなくてもよい」もしくは「あえて理解しにくくする」といった行為には、つねに何らかの【いかがわしさ・疑わしさ・怪しさ】が含まれてることになる。

では 残念とはどういう意味か? 「もの足りない。あきらめきれない。悔しい。無念。」となってるが、これらはすべて 感情的な気持ちをあらわす表現と言える。よって 遺憾なんて言葉を使うのは「あえて曖昧な表現=いかがわしくて疑わしく怪しい言葉」を使い、ただ個人的感想を述べているに過ぎないわけで・・要人たちが政府見解を発表するのに、そんなふざけた態度でよいはずもない。

優れた人物は、つねにわかりやすい言葉を使うものだが、小泉元総理や橋下大阪市長が人気があるのも それ故であろう。官僚用語と呼ばれる政治造語を、意味もわからず使用できるのは、たんに原稿を読んでるからだろうが、そんなことでは 誰が総理・総裁になっても同じ事。自分の言葉を持つには、まずは その言葉の意味をしっかり把握しなければならない。今年の年末にも政治家たちと会う機会もあろう。その際には ぜひ遺憾の意味を尋ねてみたいものである。

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