意味なんて その時々で変わるもの

自民党総裁選挙のスピーチで、林芳正 政調会長代理が引用したり、ロンドン・オリンピック開会式で唄われたことで、ビートルズの名曲「ヘイ・ジュード(Hey Jude)」が最近 話題になっている。この曲は、ジョン・レノンが 前妻シンシアと離婚する際に、息子のジュリアンを励ます目的で ジョンとポールが共同で作った楽曲とされてるが、これにも諸説あり 真意は不明である。しかし、筆者はこう解釈する。頻繁に出てくる「彼女」という単語は、子供にとっての母親。つまり、子供の世界観からみれば、彼女とは「つらい現実=世間そのもの」とも置き換えられるわけだ。

「つらい現実を受け入れよう。そこからがスタートだ。」このように、ただの恋愛ソングも少し意味を変えれば、まったく違ったものになってくる。同じ事象を体験しても、それは各自の感受性によって さまざまに受け取ることができるものだが、しかし、その反面 その一瞬に【たった一回感じただけの個人的解釈】を ずっと変えずに生きる必要もないはずだ。一度 意味づけされたものが、随時変わっていくのは きわめて自然なことである。きっと人生も物事も、少し意味が変われば、その様相もガラリと変貌するに違いない。 

So let it out and let it in. Hey Jude begin.
You're waiting for someone to perform with
And don't you know that it's just you
Hey Jude you'll do. The movement you need is on your shoulder.

すべてをさらけ出し、そして受け入れてみて。さあ ジュード、始めてみようよ。
誰かがやるのを待ってるかもしれないが、それは君がやるべきことなんだ。
ねぇ ジュード、君ならできるさ。これからは君にかかっているんだよ。