チルドレン・プア

2007 年1月 文部科学省発表の小中学校における学校給食費徴収状況調査結果(2005 年度)によれば、全体の1%に当たる 全国約9万9千人の小中学生が給食費未納となっているそうだ。その原因については、6割が「親の保護者責任や規範意識の欠如」とされているが、その他にも「保護者の経済的な問題」も大きな要因としてクローズアップされつつある。

「保護者の経済的な問題」には、生活保護あるいは就学援助制度の受給対象資格を有しながら申請を行っていないという、制度運用面の問題も含まれているが、近年これが【チルドレン・プア】として拡大傾向にあり、先日もNHKで話題として特集が組まれるほどになってきているみたいだ。その実態は、親の会社が倒産して遠足に行けない、一日の食事は給食だけなど、辛酸を極め、家庭の事情で高校・大学どころか、小学校や中学校といった義務教育さえ まともに受けられない子供が激増しているらしいのだ。

これに関しては さまざまな団体やボランティア、行政が支援に当たっているが、番組を見たところではとても適正には感じられなかった。それは元々をたどれば、こういった機関の運営側に「チルドレン・プアは異常事態であり、常識外の状況だ」といった認識があるためではなかろうか。どんな考え方や捉え方をしようと、それらをたとえ日本だけの環境や概念に当てはめてみたところで、子供の貧困は世界からみれば日常茶飯事・・・何も特別なことではないのである。

筆者自身にも、彼らより何十倍も悲惨かつ過酷な幼少期を過ごした経験がある。しかるに人は不平等だ。10歳で自立しなければならない子供もいれば、場合によっては、80歳になるまで一切自立しないで生きてこられた人もいる。どう思おうとも、これがまぎれもない現実なのであって、自身は前者に属していただけの話であろう。

彼らには実質上、親がいないに等しい現実があり、何歳であろうと個人として世と渡り合っていかなければならない現状がある。よって制度の支援を受けるにしても智恵が必要とされてくる。一日一食、給食だけ!の生活は筆者も経験済みだが、それにありつくにも生きる力が必要なのだ。したがってそういう状況に置かれた子供たちにこそ、学校の知識教育だけでなく、現実認識に基づいた智恵と実践の教育が不可欠に思われる次第だ。

子供の就労に関しても、状況を考慮した上で規制緩和を促し、企業側に協力を仰ぎながらインターンシップ名目での賃金支給をするべきだろう。そんなの春・夏・冬の長期休校時なら何も問題ないはずだ。そこで得た収入を その子の給食費や備品の購入に充てたり、将来の進学費へと充填すればいい。そして、なおかつ そういった子供にこそ、実務経験豊かな経済人による 優れた経済教育を施すべきではなかろうか。

なぜなら、環境というのも素質や素養育成の一つになるからだ。ましてや子供の頃に辛酸をなめてきたなら、将来はいっさい他の人や国の制度に頼らなくても生きていける自由人にしてあげなくては つじつまがあわないだろう。それでこそ どんな状況に置かれても絶望せず、すべてをチャンスと捉えることができるはずである。

逆に考えれば、少し何かあれば保護するような政策や世情は、人材育成においては弊害になる可能性もはらむことになる。あらゆる角度から見て、もっと上から全体を眺めれば、バランスとは一方向の考え方ではないのがよくわかるはずだ。我慢してつらい日々を過ごしてきたなら、後にその分だけ幸せにしてあげなければならない。怒りや憤慨のエネルギーをどの方向へむけて昇華させてあげるかはすべて大人の責任なのだから。

しかるに教育とは、学校や家庭だけで行うものではなく、社会全般で実施されるものである。したがって社会全体の概念やシステムを、その都度 全部変えてしまわねば機能不全が生じて当然である。もし社会がこれを拒むなら、それが大人でも子供でも、その個人の中で変革を起こしていくしか術はなくなってしまう。自身の経験からも、環境とはそういった個人レベルにおける変革の機会を提示するためのものでしかなかった。ゆえに真の自立支援とは、世間で言われるシステムの中にはなく、ただ その個人の意識や経験に働きかけることでしか成されないもののようにも思われる。

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