これからの政治家に求められる実務能力

選挙戦が本格化し、巷でも各党の演説やテレビ討論をよく見かけるようになった。しかし、そこで語られるのは、いつも政策のみである。もともと人文科学や社会科学にしか属さない政治家たちが、選挙になると途端にシングルイシューを掲げだし、何故『発明家や改革者を気取って』にわかに世を論じだすのか?不思議でならないが・・・それと同時に そういった思想やたんなる思い付きにすぎないものを取り上げて、誰が真の革命家か?と言わんばかりに、世論を演出し続けるメディアのあり方もまったく理解できない次第だ。

しかるに 彼らへ期待するのは 国際協調を無視したマニュフェストの提示なんかじゃなく、むしろ実務能力の有無のほうで・・・つまりは、私たち国民が見定めるべきは「その政党がどんな政策を掲げて、候補者たちが何を訴えているかではなく、その人物がまともな事をちゃんとやれる人物かどうか」の査定ではないか? ということである。

さて、何も変わらない・変えられない 人文・社会科学は横におき、現実的な自然科学のほうへ目を向けてみると・・・私たちは現在、たいへんな転換期に差し掛かっていることが理解できる。グーグルが開発中のメガネ型端末は 家電や精密部品産業を壊滅させるだろうし、同社がすでに市販化にふみ切った 自動運転車は 運搬などの業界を根底から変えてしまうはずだ。そして、実用化されつつある 3Dプリンターは流通産業を不要にするに違いないし、進化するロボット技術は 人間から単純作業を根こそぎ奪い去ってしまうかもしれない。

そうなってくると、私たちの職の大方は失われるだろうし、むしろ それだけでなく、当然 世界の経済に対する概念そのものも根底から変わらざるを得なくなるわけだが・・・こういった事実から想像される未来は、第二次産業革命と国や思想そのものの変革へと集約されるはずだ。たとえば、製造業が消滅すれば、中国ほかのアジア諸国は内政を維持できなくなるし、もはや実用化直前の化石燃料依存からの離脱が達成されれば、中東やロシアは完全にやっていけなくなってしまう。したがって もはや国や政治なんて言ってはいられない時期なのだし、こういった未来予想図は、今後は国同士の諍いでは済まず、民族や宗教を交えた世界規模の紛争時代に突入していく事態を如実に示しているのである。

よって 現実的に、国が考えるべきは、世界中が紛争となり、何もかもが混沌としたら安保はどうするのか? 中国大陸から入植者が爆発的な数でやってきた時にどう対処するのか? といった事だし、また 企業が思慮すべきは そういった革新技術で劇的に変化する時代や経済そのものへどう対応していくか? そして、私たち個人が熟慮し備えておかなければならないのは、それらの事態を生き抜くとともに、そういった変化を 逆にどのように楽しむかである。

政治家が掲げる未来は絶対にやってこないが、科学や技術の進歩によって予測される未来は必ずやってくる。なぜなら、歴史上も 政治・経済で何かが変わった試しはないが、技術革新はこれまでも確実に世の中を変えてきた経緯があるからだ。いずれにしろ変わるときには、つねに混乱と争いがつきものである。よって これからのリーダーには それらをきちんと処理できるだけの実務能力が問われるし、私たちには そんな時代を乗り切っていくだけの知性と現実認識が必要とされてくるように思われる。