経営の現場では総合学がものをいう

専門家というカテゴリーは必要だろう。しかし専門家は、必ず「総合力ある人間」の管理下におかれねばならないとも思う。たとえば外科の医師なら、もちろん手術で埋め込む器具の性能を熟知していてしかるべきだが、それは機械工学の知識であって医学ではないのだ。また、手術の技術そのものは人間工学だし、再生医療の考えからすれば これはもはや既存のノウハウを逸脱した最先端の自然科学となろう。つまり、現場の医師を束ねる人物には、最低でも医学の他に、機械・人間工学や自然科学に精通した人物をあてなければならないわけである。

だが実際の現場では 必ずしもそうとはかぎらない。病院経営さえ 経営者ではなく医師が行ってる現状がある。有名プロダクトデザイナー川崎和男氏もブログに書いていらっしゃるが、川崎氏が自身の手術の際に「この埋め込み用のボルトは緩む」と進言しているのに、医師は「絶対緩まない」と言い切ったそうだ。彼は工学のプロてある。そのプロに向かって公然と素人が根拠のないことを断言し、結果 数年後の検査では緩んでしまっていたなんて馬鹿げた事象が そこかしこに見られるわけだが、こういったケースは、筆者も現場で山ほど目にしてきた。知らないとは本当に恐ろしいものだ。狭い見識による思い込みは、いつも事実とは違う真実を作り出してしまう。

もちろん、これは医学に限らず、経営に関しても言えることだろう。経済専門家のほとんどは「経営経験がまったくない学者さん」だが、経営や経済とは 世のあり方そのものである。よって そこには、ありとあらゆる経験則と学問的熟知が要求されてくるはずだ。つまり、コンサルタントとか、経済講義を行ったり、複数企業の責任者を兼任するような人物には、最低でも数十の企業経営者としての経験やオールマイティーな知性のほかに、アルバイトからサラリーマン・取締役・経営者といった多様なスタンス経過。それに政治・医学・経済・ソーシャル活動・金融から不動産に至るまで・・・世にある ありとあらゆる事が何でもできて、しかも それをわかりやすく「やって見せられる」だけの実力を有していることがベストとされる。こんなのおそらく、人は理解できないと思うが、それを当たり前に感じるのがプロの世界である。ゆえに 専門分野をやるなら 同時に総合学を身につける努力も最大限にしておくべきだろう。

しかるに筆者が出会ってきた 世界に通用する優れた人物は、すべからく相手の土壌(分野)で勝負しても、その専門家たちが舌を巻くほどの知性を持っていた。しかし 人生は短い。それらすべてを通常のやり方で習得できるなんて 誰も想像してないはずである。現実はもちろん そのとおり。彼らは皆 普通のやり方はしていない。むしろ 身につける方法そのものが違うのである。よって その習得速度も桁外れに早いのだ。ゆえに単一の知識や経験を積み重ねていこう!なんて考える前に、そういった方法をあらかじめ教わっておくことのほうが先決ではなかろうか。本来の教育の形とは じつはそのようなものである。財界人には 学生時代や若い頃を同じ「財界人の書生」として過ごした経験を持つ人物が多い。彼らは いったいそこで何を教わったのだろうか? もちろんそれは、普通の教育ではない。真の哲学を教わったであろうことは容易に予測がつくはずである。