誰も知らない画期的な方法を提示できてこそのプロである

講演会の日程が迫ってきた。企業や団体で大人数に話すのは常だが、少人数で しかも一般の方に向けて講義するなんて、きわめて稀・・・というより皆無である。よほどのことがなければ そういった依頼は受けないし、今後もやることはないだろう。しかるに人の価値観はさまざまである。誰もが相手を自分に当てはめて判断したがるし、一度みたらわかったつもりにもなりがちだ。しかし 伝える側がプロの場合、その引き出しや奥深さは 大衆の想像を遥かに超えているもの。よって 聴講者が予測できるようなレベルの話は一切しないし【毎回新しい】画期的な成果の上げ方を提示できて当たり前となる。

伸びていく企業をさらに躍進させ、傾きかけた会社を再生させ、売れない営業マンをトップレベルに押し上げる手法は、アスリートの能力を限界まで引き出す力と同様のものである。よって そこには、大衆受けするよう書かれた いわゆるノウハウものとは天と地ほどの差が生じてくるだろう。これはフィクションとノンフィクションの違いと言えばわかりやすいだろうか。読み物として面白いのと、現実に使えるものは別。したがって本当の事は、大量生産されて世にばら撒かれた製品の中には見いだせないと考えたほうが賢明であろう。その理由は そもそもライブと録音の違いにあるのだが、やはり これも普通には理解できる話とも思えない。要するに、プロのすごさは何度も味わってみなければ実感できないということである。

自身は講師であって主催者じゃないから、集客には一切関知していない。しかし、プロの話が聞けるなら、声をかけられた方は 何をさておいても参加するべきではなかろうか。そして、あらゆる知人に「一緒に行こう」と誘ってあげたほうがよい。なぜなら、人生にとって これ以上 大切なものはないからだ。プロは同じ話は二度としない。よってチャンスは一度きり。そして、いつまでも関わってはくれないものである。何かを成し遂げたいなら、変えたいなら・・・プロの助言なくして成せるものなどないと知るべきだ。かく言う 筆者もそうだし、現在 著名な経済人も 世界に名をはせる方々も、プロの手なくしては何も出来はしなかっただろう。

ヒントを少しだけ申し上げれば、素人のやり方、考え方、行動の仕方は遅すぎるのだ。ゆえに 短い人生では何も成しえない。極端な時間の短縮を図って人生を謳歌するには「いま行っている もしくは考えてる やり方」をすべて排除し、それらをプロの勧める やり方へと転換していかなければならない。これは猫も杓子もが提唱してるような「ちゃちなもの」ではなく、卓越した人物しか知りえない裏ワザとも呼べるものだ。よって これを知らずして過ごすのは 大いなる無駄と考えざるを得ないわけである。