経営は再考されるべき時期に差し掛かっている

学問や学術とは つねに過去の集積を元に論証立てされるものである。しかし、そこには 前提の変化、もしくは前提に対しての勘違いが一切考慮されていない。たとえば、地震研究においても いまだに過去のプレートテクニクスを応用しててるが、これも もはや「その前提そのものに無理がある」し、ましてや統計学的によってはじき出された地震の確率なんて、最新の地質学や天文学が加味されているとは到底信じがたいものだ。

つまり、こういうこと・・・地震研究は、地質学ほかの「さまざまな工学的見地が 以前とたったひとつでも変化したならば、すべてを根底から変えるべき分野だ」ということである。だが現実にそんなことは起こらない。なぜなら、それを考察しているのが専門家だからである。こういうのは、医学でも経営でも同様。そこには あらゆる事象における細かな変化がほとんど加味されていない。よって 時代錯誤の使えないものにしかならないのも明白であろう。

では 世間を見まわしてみたとき、これらを忠実にふまえている分野ってあるのだろうか。それは科学技術のみだろう。彼らは技術開発する際に、かならず今ある最新の成果を考慮する。彼らは既存のものより優れた技術しか役に立たない事をよく知っているのだ。

経営を営む際に陥りがちな問題点は、技術開発のような革新を生み出す事と合理化をはかる事の区別がついていない点にある。優れた経営者と呼ばれる人物は、つねに発明家のスタンスを崩さない。たとえば、アップルのジョブズ氏はどうだったろう? ユニクロ・ファーストリティリングの柳井氏は新しい繊維を発明し、ソフトバンクの孫氏は経営管理手法を発明している。ソニーの井深氏もパナソニックの松下氏もそうだったに違いない。ゆえに、経営における歴史認識も再考されるべきではなかろうか。その業界の歴史や経営合理化にこだわってるかぎり、経営はうまくいかない! この傾向は 最近の経済において ますます顕著になりつつあるが、この事実を真正面から受けとめて、とにかく革新を生み出し、それを何が何でも工学的インフラへ押し上げていかないかぎり 企業にも個人にも未来はないような気がしてならない。