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飛ぶボール隠ぺいは「不祥事ではない?」

プロ野球の公式戦で使用する統一球を、反発力の大きい「飛ぶ球に変更していた事実」を日本野球機構(NPB)が隠ぺいした問題で、責任者である 加藤良三コミッショナーは「知らなかった。すべては事務局長の独断で行われたもので、自らの責任問題には当たらないし、これは不祥事ではない。」と発言したそうだ。

 こういったコメントからも、コミッショナーと呼ばれる地位が 実力や人望によって選出される役職ではなく、キャリアや横滑り人事によって『たまたま そうなったもの』であることがよくわかるのではなかろうか。加藤氏も歴代コミッショナー同様、官僚出身者である。

そもそも不祥事って【著名な人・企業・団体などが、世間の信頼やイメージを損なうような醜態をさらす】ことだ。ならば、さまざまな隠ぺい工作を行った時点で、もうこれは不祥事だろうし、まさしく「私は知らない。全部 事務局長の責任だ。」なんて発言自体もここに該当するように思う。

しかし、プロスポーツはアマチュアとは違う。正々堂々・清廉潔白より、面白いエンタメをして収益を上げられるかどうかが最重要項目なのだ。ゆえに法律にふれたり、裁判で有罪とならないかぎりは、その目的さえ達していればOKとなる。だからこそ 多少の問題があっても・・・とある監督二名はいまだに現役を続けられてるわけだが。

いずれにしろ、事の是非はぬきにして、コンサルタントの視点で申し上げれば、何十年も前の政治家や民間トップのような 日本野球機構の態度を見る限りでは、ちょっと時代にあってない気がしてならない。実体はどうであれ、今はもっと高度なエンタメが要求されている。この様相では 団塊の世代以上は仕方ないと感じても、若い方々はとてもそうは思えないだろう。つまり、それは次世代の興味を惹きつけられない・・・すなわち未来がないことを示している。いつの時代も『今だけ良ければ。自分だけ良ければ。』 これは変わらないし、自然なことだから悪いわけでもない。だからこそ 経営に関するプロの判断材料は・・・善悪ではなく、つねに将来に役立つかどうか? になるのだ。