成果を評価できないなら結果はついてこない

サッカー日本代表は、FIFAコンフェデレーションズカップを 三戦全敗の成績で終えた。けれど、よく健闘したし成長もしたと思う。ブラジル・イタリア・メキシコといえば、めっちゃ強い。以前なら とにかく引いて守って、一方的に滅多打ちにあってたのが関の山。それがどうだ・・・今回は ずいぶん点も取ったし、ブラジル戦を除けば、十分 ワクワクしたし楽しませてもくれた。

にもかかわらず、サッカー関係者の寸評は一部を除き、辛辣なのばかりだった気がする。その理由は概ねこんな感じだ。「叱咤激励しないと成長もしない」 そのような科学的根拠って どこにもないと思うが。「サッカー先進国はもっと厳しい」 ブラジルやイタリアのメディアも 日本の成長を認めてますけど。

以前、プロアスリート指導の機会を得て 現場へ入った時に感じたのも、まさに こういった独特の世界観だったが、とかく何事も成果を認めないのが 日本のジャーナリズムや指導者の特徴なんだろうか。成果を挙げた 政治家や経営者・選手などを、一同に批判して こき下ろすのがつねである。そして逆に、ちょっと世間が持て囃し出したら、足並みそろえて褒めちぎる始末だ。

しかるに欧米で「あなたが尊敬する人は?」といったアンケートを取れば、かならず政治家の名が上位に挙がってくるが、日本で そんなことってあるだろうか・・・もちろん まったくない。批判されるだけの世界へ誰が足を踏み入れたがるのだろう。「それが優秀な人物の役目とか、志したら批判も我慢してみんなのために尽くすべき」なんて言われたって・・・まっぴらごめんである。まさに優れた人物が政治家や経済人にならない理由もここにある。

もちろん 勝ち負けだけを成果としてても、それはそれでいいかもしれない。しかし、もっと深く結果責任で物事を考えたなら、成果は正当に評価する・・・その上で、どこをどのようにして、さらに研鑽をつめば良いかを的確に示唆せねばならない。あるべき論とか正論などで、結果なんてついてこないのは どんな世界でも共通なのだ。

また、プロの値打ちって 勝ち負けだけでは決まらないとも思う。むしろ、オーディエンスをいかに楽しませたか? が、本当の価値と言えるのではないか。その意味では 今回の日本代表は賞賛に値する。ただワールドカップ本番での成果は、また これとは別の話・・・試合がその都度違うように、エンタメの舞台も毎回異なるのだから。素晴らしいエンタメは、つねにStanding ovationで迎えねばならない。次もドキドキする面白い試合をお願いしたいものである。

最後に、元日本代表監督のイビチャ・オシム氏からのファンへのメッセージを・・・前回2010年からの進歩を客観的に見よ。前進を自信に 強敵にもひるまず、大志を抱き、その実現のために必要なことをともに考えよう。目先の結果に一喜一憂しない。今の方向は大局的には間違っていない。そのまま進めばよい。