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いつやるの? 今でしょ

仕事柄 いろいろな会議へ出席する。企業のものがほとんどで、他にも 行政主体のフォーラムに、経営者の集まりでのソーシャルワークなんてのもあるが、そういった ある意味公共性の高い事象になると、とたんに実務から離れ、あるべき論や理想論ばかりが幅をきかせるケースがよく見受けられるものだ。もちろん、いまだ日本は権威社会だから、学者さんや評論家の名前をお借りしなければ進まない事案も多々あるが、実現性のない ただの意見・知見・経験などを、長々と聞かされるのはいかにも退屈な時間である。

人生は短いのだし、無駄な時を過ごすのは 何にも増しての損失であって、「実際にやってみせてくださいよ」と言いたくなる衝動を抑えるのも耐え難い苦痛となる。しかし 長い付き合いがあって、筆者の性格も知り尽くす役人や会の代表に「退屈だったでしょう。申し訳ない。」と言われると我慢せざるを得ないし、次も出席しなければ仕方ないわけで、もう血気盛んな若い頃のように毒づくこともなくなってしまった次第だ。

ただ彼らを見ていて、いつも感じることがある・・・それは彼らがみな『老けている』という事。筆者が実年齢より10歳以上若く見られることもあるのだろうが、初対面の時に、てっきり「自分よりずいぶん年上」と見ていた人が、じつは年下だったなんてのが多いわけで・・・こっちもびっくりだが、むこうもびっくりだ。言いたいことが言えなかったり、やりたいことがやれない。そんな暮らしが続いていると、人は老いるのかもしれないとも思う。

巷では「いつやるの? 今でしょ」というのが流行ってるらしいが、そんなの当たり前で、慣れ親しんだチームと仕事する場合には、どれほど複雑な案件でも、10分以上の打ち合わせをしたことがないし、難しい交渉事でも なるべく15分以内でおさめるようにしている。そうでなければ、一日に複数の案件を消化するなんて出来っこないからだ。ここ数十年、朝・昼・晩・夜と、その業界も内容も異なる日常だが、現実は刻一刻と変わる、ゆえに今日の午前と午後では状況が変わっていて当たり前なのである。だから今やらねば、それはもう使い物にならないし、一からやり直しの覚悟がいることになり、はなから意味のないものになってしまいかねない。どんな事柄でも、いっこうに進展しない・・・その原因は、むしろ こういった基本的なところにこそあるのではなかろうか。