40代・50代サラリーマンのためのセカンドキャリア

『40代・50代サラリーマンのためのセカンドキャリア』という記事を見た。

「サラリーマン人生を終えた後のために、何を準備し覚悟しておけばよいか?」キャリア開発支援を手がける企業担当者は「50歳以上のサラリーマンが再就職した場合・・年収は400万円が相場で。定年後だったら、そこまで稼ぐのはかなり条件のいいケースでしょう」と語り、また「定年」を意識し始めると・・多くのサラリーマンは「もう十分やったから、定年後はラクして楽しく暮らしたい」という【ご隠居願望タイプ】と「第二の人生は、これまでとは違うことをやってみたい」という【青い鳥症候群タイプ】の2つに分かれる。ともコメントしている。

つまり、前者のような人は往々にして「これからは思いっきり遊べる」と考えてるようだが、いざそのときになると・・会社人間だったから、とくに趣味といえるものもなく、家でゴロゴロ。かくして濡れ落ち葉と言われるように、妻にとってはジャマ者となる人が多い。いっぽう後者は、童話の『青い鳥』のごとく「蕎麦の店を出したい」「ペンションを経営したい」などと理想を追い求めるが、結局は事業に失敗して、退職金さえつぎ込んで失くしてしまうこともあるそうだ。だから今のうちに「会社を卒業して、外へ出て働くことの意味を考え始めておきましょう」ということらしい。

きわめて当然のことが書いてあるのだが、大事な核心部分が抜けてるように思えてならない。それは、その方の目的が最初から一貫して、上記のようなものだったという点である。しかるに『志とは・・ある方向を目指す気持ち。心に決めた目的・目標・信念である』 つまり、高く壮大なものだけを志と呼ぶのではなく、ごく普通の目標も志に変わりはないという事であり、ゆえに、よく「自分に志はない」とか「いつか志を持ちたい」と耳にするが、それは間違いで【志とは、もうすでに誰もが抱いてるもの】とも考えられる次第だ。

ご隠居・青い鳥タイプともに、それがその方の志である以上、基本的にはそれで良いとも思う。物事に良し悪しなどないからだ。しかし、もし変えたいと考えるなら、本人の自覚やビジネス手法ではなく、最初の志まるごと全部を変えるべきではなかろうか。人はその目的によって、人格も言動も決まってくる。思い描いた志が現実と合致していないなら、むしろ間違ってしまったのは、そのやり方や経緯ではなく『志そのもの』のほうかもしれない。