大島渚監督 アバンギャルドと前衛

映画監督 大島渚さんが亡くなれた。世代が異なるのであまり実感はないが・・・体制と戦い、社会的なタブーへ確信犯的に挑みながら、つねに表現の可能性を追求し続けた方だそうだ。たしかに代表作をみると、阿部定事件を題材にした「愛のコリーダ」 在日韓国人の死刑囚を主人公に日本の権力構造の矛盾を風刺した「絞死刑」 家父長制の中で生きる若者の悲劇を描いた「儀式」 第二次世界大戦時に捕虜となった英国人と日本兵の愛憎渦巻く関係を描いた「戦場のメリークリスマス」 チンパンジーと人間の女性が恋に落ちる「マックス、モン・アムール」 新選組内での同性愛を扱った「御法度」 など、その題材はどれも挑戦的かつ挑発的で、世間に対して秩序や常識を問いなおすような作品群になっている。

これを見ると世間の評価どおり、いかにもアヴァンギャルド(avant-garde)といったイメージが浮かぶ。ちなみに アヴァンギャルドとは、フランス語で前衛部隊の意。芸術・文化の発展において、最先端に立つ芸術家を指したとされ、軍事用語を援用したことからもわかるとおり、ここには「どこか旧世代に属する 芸術・保守・権威などに対する反骨精神の先頭に立つといった政治的ニュアンスも含まれている。

しかし、コンサルタントの視点からは、上記とは少し違った見方をしてみたい。大島監督は 海外との合作映画を積極的に制作した先駆けであり、その評価は日本より、むしろ海外のほうが高かった方である。それは北野武さん(ビートたけし氏)に代表されるような、現在の日本映画のあり方にも似ている。もちろんこれは 国内では集まりにくい製作費を捻出する有効な手段ともなるのだが、それにあわせて出演者も、俳優にかぎらず、デヴィッド・ボウイDavid Bowie)や坂本龍一氏など 海外においても著名なミュージシャンほか、旬の話題性ある人を次々起用してもいるわけだ。

つまり、大島監督の生き様は 【時代に先がけているさま(前衛的)】 だったのかもしれない。アヴァンギャルドは前衛的と訳されたりする。しかし、その言葉の深さにおいては大きな差があるように感じる。真に前衛的であるとは、現実に則していることではなかろうか。監督は「朝まで生テレビ!」などの討論番組などにも数多く出演して、討論相手を「バカヤロー」と罵倒するなど歯に衣着せぬ論客としても人気だったが、その生き方や作品のあり方も含めて、ただ攻撃的なだけのアヴァンギャルドなんかじゃなく、本当は 前衛的に生きる生粋のエンターティナーだったのではないかと・・・日本語の哲学的意味合いにおける奥深さは、英語やフランス語の比ではない。その真の意味を実践した方たちだけが、海外でも高い評価を受けてきたのだろう。