駆け込み退職と道元の四元的思考

退職手当引き下げに関する改正条例が施行される前に『駆け込み退職を希望する』教職員や警察官が相次ぎ、教育や治安の現場などに混乱が生じてるらしいが、一説によると その数は退職予定者全体の一割にも達するとの事。これは官民格差の是正で、国が国家公務員の給与を段階的に引き下げるのに伴い、地方公務員の退職手当についても速やかに引き下げるよう各自治体に要請したため浮上した事態だが・・・当事者にすれば、条例成立前と後では平均で150万円も退職金が違ってくるわけで、どちらを選択するのかは頭を悩ませるところだろう。

どうも世間の風潮は、遠まわしに 仕事の使命感と自身の生活のどちらを取るか? みたいな部分で個人の資質を問うているようなところがあるが、ちょっとそれは酷な話ではなかろうか。観念やポリシー以外にも、それぞれに何らかの事情というのはあるものだ。その点では とくに子供たちに接する教師の役割は大きいように感じる。【金のため、生活のため、生徒より自分の家族や身内ために 途中でいなくなる担任教師】に、これまで教育や人生を語られてきた生徒たちは何を思うか? そう問われれば、まだ世間を知らない子供たちが『所詮 世の中なんて』といった裏切られた気持ちになるのも当然。しかしこれは、裏を返せば、全体の9割の方には、150万円損しても『所詮』ではなく、最後まで残って仕事を全うするだけの使命感や気構えがあった!ことも示している。つまり、問い方によって「そんなんじゃダメだ」「世の中も捨てたもんじゃない」どちらの感情も芽生えさせることができるわけである。

よって 現場にいる教師たちは、生徒たちに『狭いところだけを見て判断させない』ことが重要だろう。大きな視点でとらえれば、どんな国のいかなる職種・職業においても、ある一定の割合で、思考も行動も分かれてくる。ゆえに 一部分だけを見て全体を判断させるのは現実から目を背けさせる結果にもつながるだろう。元々を辿れば、報道や教育のあり方そのものが、やはり YesかNoか? 良いか悪いか? の二元論に毒されていることこそ問題ではなかろうか。小さな頃から 道元の四元的な思考ができるよう きちんと訓練する土壌があれば・・・きっと政治経済など、いかなる分野においても、世界に負けない人材が次々日本から排出されるに違いない。教育は最も重要な未来インフラである。早急に、観念教育から哲学教育への転換が望まれる。