経営感覚ぬきにして問題は解決されない

簡単なものだが、生まれて初めて手術を受けた。(べつにどこか体の具合が悪いわけではない) これまでどんな大きな怪我をしようと、病に倒れようと病院なんて行ったこともなかったのだが、寄る年波には勝てないんだなぁ〜と つくづく感じて、少し情けない気持ちになってしまった。

ただ、それでもタダでころぶ気はない。今回もいろいろと新しい発見ができたのだ。それは最初に一時間半も待たされたおかげ? かもしれないが、いずれにしろ病院経営全般に関して いろんなことが見えてきたので、今後のコンサルティングにも役立てられるだろう。何事も経験である。

待合室で何時間も待たされたり、診察室で医師の見解だけを一方的に述られたり・・それでも世間では『医師不足』と言われたりする病院。その原因はすべからくシステムの問題にあると思われる。少なくとも筆者が訪れた院では、そこに経営感覚さえ持ち込めば、待ち時間なしで、少なくとも現状の5倍の患者数は診れるし、それでもなおかつ インフォームドコンセントも今以上に手厚く実施できるはずである。くわえて人員だって半分ですむだろう。

もちろん、病院側にも 診療室を複数設けたり、待ち人数を携帯電話で確認できるようにしたりと それなりの努力のあとは伺える。しかし、それは いかにも普通の考えに基づくものであって、経営システムとして成り立つにはほど遠いと感じた。

これは先日、筆者がいろいろとアドバイスを求められている 教授や医師の集まりでも話したことだが、医師は診察する人であって経営者ではない。医学界を閉鎖的にして、医師に主導権を持たせ、自然発生的に経営者と診断・施術者を兼務させるようにしてること自体が、患者さんや世間のみならず、医師たち本人にも弊害を生み出してるような気がしてならない。これらは ただ規制を外して、医学部外者が理事長職などのトップへつきやすい環境を整備したり、あらゆる名目で規制されてる診療報酬制限などを解除しさえすれば解決されることばかりではないだろうか。

ただ、いまだに世間では 経営を金儲けと勘違いして拒絶される向きも多いように見受けられる。つまり、合理化に向けての経営と、きちんとした医療は同時に成り立たない。もしくは矛盾するという考え方である。しかし、医学が患者さんの健康を守ることを本分としてるように、本来 経営とは問題を解決へ導くためにあるものだ。少なくとも経営感覚が病院に適応されれば、もっと 医師も患者も国の財政も、あらゆることが飛躍的に楽になることだけは間違いないように思われる。物事を難しくしてるのは、ありのままの現実ではなく、そんな人の気持ちや慣習のほうなのかもしれない。