音とビジネス〜テキスト文化の終焉

声というのは、最も魅力的かつ優れた楽器でもあり、見かけの良さとは比較にならないくらい 他を魅了するツールとなりうるものだ。どんな産業・分野においても、やはり声に魅力のない人は長続きしてない気がする。しかるに PCが出てきてから、やたら文章のうまさばかりが もてはやされる世の中になってしまったが、これにはあまり感心できない。なぜなら、文字文化は次世代のバチャルリアリティー産業が台頭してくれば、もはや あえなく消えてしまう風前の灯状態にあると思われるからだ。

周辺の「文字を駆使する仕事の方たちにも、早く次を構築するよう薦めている」が、科学的に言えば・・・テキストは何処まで行っても ここどまり。それに反して音はビジュアルや体感と同様の原理で構成されてるので、どこまでも広がりが望めるというわけだ。ようは 振動数の違いによって さまざまな形態をとるのが音であり、たんに曖昧さの中で想像力を鼓舞するしかない単一媒体がテキストなのだが、これは言い変えれば、一時媒体と二次・三次媒体の相異ともいえるだろう。つまり臨場感に欠けた 間接ツールの文字・数字・記号は、きわめて遅れた20世紀以前の文化であって、一種の流行りすたりの類なので、もう そろそろ終わりかなぁ〜ということである。

ロジカルらしき単一の感性で物事を理解していると、コーラスのような複合的振動が読み取れなくなってしまう。経済もビジネスも複雑な要素が無限に重なりあうものだ。ゆえに経済人はハーモニーを聞き分け、一瞬でそこにある違和感を感じ取れるよう つねに複合的感性を養っておかなければならない。そういう意味では、音楽のオンチと経済オンチは同じかもしれないが・・・これは裏を返せば、音の感性の確かさはビジネスにも役立つわけで、オンチを修正すれば経済オンチも治るかもしれないとも受け取れる。何事も世の中にある事象は関連していて、無関係なものなんてないようにも思うのだが。