春はまた来る

春が来た。毎年思うのだが、それはまるで奇跡のような出来事である。ちょっと前まで何もなかったのに・・・気がつけば、どこもかしこも花また花。見上げれば、空に花が映し出されているかのようだ。でも私たちは、この光景もかりそめだと知っている。なんだか侘しくて寂しいが、これって桜が満開の時こそ いっそう強くなる感情かもしれない。そう、これって人生のようでもあり、経済のようでもある。

これを表現すれば 『消えゆくを つねに知りつつ かりそめの 世を憂いても 楽しまんとす』 『見えぬとも たしかに感ず 息吹きかな』 といった感じだろうか。人間社会においても、またひとつの時代が終わりを告げようとしている。やがて保障や福祉も概念ごとなくなって、経済の形も様変わりしてしまうのだろう。おそらく、そういった名称さえ忘れ去られるに違いないが、今は夜明け前・・・冬の最も寒い時期と時間帯に差し掛かっている。

だから、そのまた後を夢見よう。何事も変わる前が一番きついのだ。人が異常気象を恐れていようと無関係に花が咲くように、(自然)科学は人の想いに関係なく、そのまた先の明日を作ってゆく。世界中の政治家やアナリストたちが声高に訴える未来は、桜の下で酒を飲みながら交わされる まるで戯言のようでもあるが、筆者はただ、咲いても枯れるのを知りながら、また花が咲くころを 焦らず騒がず意識せず、当たり前のように迎えたいと思うだけである。

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