読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

言語を介さない最先端科学

最近 経済がつまらない。巷では結婚する方が減少し少子化もすすんでるが、これだって経済と無関係じゃない。世間ではよくこういった現象の原因を 『若者の低所得化によって 家庭を持てるだけの収入がなくなったから』 とか 『未来に希望が持てないゆえ』 なんて分析してるが、もっと根底にあるのは、経済も恋愛も生活も、いまだ心理学の対象事項になってるためと考えられる。

人工知能量子コンピューター開発のエキスパートなら ご承知と思うが、もはや心理学は古くなってしまった。近年は環境と生活体の相互作用認知と行動を研究する学問まで幅を広げてるみたいだが、それでもつまらないことは変わらない。ようするに、社会システムそのものが、いつまでも古い手法に頼っているからこそ、みんな興味をなくしているわけで・・・飽きているからやる気がない。ただ それだけのことではなかろうか。

かねてから申し上げているが、PC・書籍などに限らず、たいていの外的刺激は 言葉やテキストによる解釈・定義を用いて表現される。もちろん これはコミュニケーションにおいても同様だ。しかし、そのような手法は60〜70年代のものであり、現代の最先端科学では もはや研究対象にも成りえない代物となっている。一般的には 言語でなければ、動画や写真・グラフィック・CGなどのビジュアルと考えがちだが、実際は またそれらとも異なり・・・ゆうなれば、これはもっと人間自体の機能に焦点をあてたものと言えるだろう。

社会の転換沸点は、従来のシステムや概念が古くなって大衆に飽きられた時点で到来する。それはとりもなおさず、経済・生活体系といった人の営みの停滞としてあらわれるはずだ。おそらくキーワードは人工知能や量子PCの実用化と普及になろうが、今すでにあらゆる研究の焦点は 言語を介さないところへ置かれつつある。しかるにクラウド時代なのに、そこから人間機能をイメージしないのはおかしいし、時代遅れではないのか。学者でも作家でも やたら情動や記憶ばかりにこだわるが、それではいずれ取り残されてしまうだろう。人間は認識さえ変われば、その機能・性能・効能も劇的に向上する生き物だが、社会全体もじつはそのように変わっていくように思われる。