タブーのある社会とは

タブー【taboo/tabu】とは、世間で禁止された事物や言動の意だ。また、聖と俗、清浄と不浄、正常と異常とを区別して、両者の接近・接触を禁止するものであり、これを犯すと超自然的制裁が加えられるとする観念・風習の事を指す。もっと簡単に言えば、ある集団で言ったり行ったりしてはならない事で 「その話はご法度だ」なんて使われ方をするが・・・まさに昨日の橋下大阪市長の「従軍慰安婦」に関する発言や「在日米軍」への進言などは、このタブー。世の中ではご法度として受け取られてるようだ。

しかし、タブーを辞書で引くと・・・上記の他にも もうひとつ注釈がある。「タブーは未開社会に広くみられる」との記載だ。つまり「ダメなものはダメ」といったものは【開かれた社会にはない】ということかもしれない。

事の是非や後への影響は別にして 「お年寄りは敬うべき」という観念を問い正すのがタブーならば、どのようにして今後の年金・医療問題を解決へ導くというのか。一度 雇用したら、いかなることがあっても「雇用し続けるのが企業の義務」という概念を覆すことがご法度としたら、いかにして この国に国際競争力を発揮させるのか。もし「権利には最大限の義務が伴う」と主張するのがタブーなら、増え続ける財政赤字をどのように払拭するというのだろう。いずれも筆者には意味不明である。

橋下氏の意見には、反対でも賛成でもない。それが、最近 維新の会に話題がない事に対してのパフォーマンスなのか、参院選に向けての存在感の誇示なのか、それとも純然たる問題提起なのか・・・世間はどのように解釈をしてもかまわないように思う。それが政治家というもののスタンスだからだ。

ただ言えるのは、えてして問題の根っこはタブーの中にあり、そのタブーに切り込むしか解決策が見いだせない事象も多いということである。真の先進国として開かれた社会を目指すのであれば、ここも今後の大きな課題となろう。しかし、一般の方は別として、普段は 言論の自由を声高に唱えるメディア関係者たちが、他人の事になると一転、タブー批判のコメントばかり発信するのはいかがなものだろうか。