マララ・ユサフザイさんと橋本佐内と教育基本法

NHKで マララ・ユサフザイ(Malala Yousafzai)さんのインタビューを観た。

パキスタンタリバンの支配地域に暮らす彼女は、11歳の時にはすでに、その惨状をブログにペンネームで投稿し、女子校の破壊活動を批判したり、女性教育の必要性や平和を訴える活動を続け、欧米に注目される存在となっていた。しかし2009年にタリバンが追放された後、あろうことか・・・パキスタン政府は彼女の本名を公表して「勇気ある少女」として表彰してしまうのだ。その後もパキスタン政府主催の講演会などに出席したり、女性の権利などについて語る彼女は、当然 命を狙われる存在となり、2012年 通っていた中学校から帰宅するため、スクールバスに乗っていたところを複数の男に銃撃されてしまう。頭部と首に計2発の銃弾を受けて、一緒にいた2人の女子生徒と共に瀕死の重傷を負った彼女は、イスラマバード近郊の病院から英国の病院へ搬送され、懸命のリハビリの末、国連で演説するまでに回復。その際には「銃弾で私の行動は止められない」と語ったり、教育の重要性などを訴えて賞賛を浴びている。

アナウンサーのインタビューに答える わずか16歳の少女の高い知性と信念に触れて筆者は、越前国福井藩士 橋本佐内氏の言葉を思い出してしまった。15歳の時に書かれた『啓発録』が有名で、吉田松陰もその才を認め、西郷隆盛が亡くなるまで 彼の手紙を肌身離さなかったと伝えられるほどの人物は、知人に宛てた書簡へこうしたためている。

「己を知る者は まず己でなければならない。自立のための信念・学風・体といった傾向が広まれば国と民族は救われるが、このような人物は教育の適切さを得なくては現れてこない。幕末の人物は吉田松陰高杉晋作久坂玄瑞と、みな若くしてよく出来た人物ばかりだが、これは決して奇跡ではなく、むしろ当たり前の事なのだ。人間は教育のよろしきを得れば、本来 17・18歳でちゃんと出来上がるようになっている。」

法律で定められた教育基本法の第一条。教育の目的とは【教育は人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた 心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない】とされている。はたして、現在の教育は、人格育成がその目的の第一義とされているだろうか? また、心身ともの健康が最重要項目になっているだろうか? もし適切な教育が成されているなら・・・人は十代で知性と品格を有した人格者になれるばすである。