千の色がある日本

綺麗事とは「実情にそぐわない、体裁(外見・世間体)ばかりを整えた事柄」である。ここでの“綺麗”とは「乱れたところがないさま。整然としているさま。」という意味だが、これらを要約すると『整然とした事象は、体裁を整えただけの実情にそぐわないもの』となるだろう。

しかるに日本には千の色があるといわれ、昔から 綺麗事はみっともないデコレーションとされてきた。よってある種・・・肯定であれ批判であれ、そこに偏りがあるなら すべては綺麗事やただの装飾なわけだ。物事には100対0なんて存在しないが、もしも自然だけが事実なら、そこには必ずデコボコがあり起伏があるはず。したがって、そもそも人為的実情に美など求めること自体に無理があだろう。

では、美しさって どこにあるのか? それは全体のバランスの中にしか存在しない。人間社会の様相は、それが医学にしろ経済にしろ、一部であるがゆえに何もかもが綺麗事の範疇を出ていないと思われる。むしろそういった部分に美しさを求めるなら、現実離れしてるに違いない。

つまり医学を変えたいなら・・・経済を変えねばならないし、人の生活や思想も変えねばならないが、それもどこまでいこうと一部でしかないだろう。だが『懸命であることだけが賢明でいるための唯一の方法』である以上、人は無駄と知りながらも、拡大と変化を求めてゆくしかない生き物である。

自然とはかくも美しきものであり、やはり人もその彩の一部でしかない。


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