みんなの党 渡辺喜美氏が代表辞任

物事はどういう目線で見るのか?で、その様相もずいぶんと違ってくるものだ。気骨ある代表取締役経験者なら、おそらく自らの経験と照らし合わせて、同様の感想をもらすような気もするが、筆者は『みんなの党 渡辺喜美氏が代表辞任』のニュースを聞いて、少し切ない気持ちになってしまった。

今回のように「社員や関係者のため 資金繰りに駆けずり回り、苦労して返済まで自分一人でしてきた」のに、少し旗色が悪くなると「逆にそのお金を使っていた当事者たちから突き上げをくらう」なんてのはよくある話で、まさに恩をあだで返される形だが、どの世界においてもリーダーとはそういったものであり、世間が理不尽極まりないのもいつもの事と言えるだろう。しかし理屈ではわかっていても、がっかりするというか・無念というか 現役を引退した今でさえ、何とも言えない怒りに似た感情が込み上げずにはいられないわけである。

古くはリクルートの江副氏や元ライブドアの堀江氏、また最近の 猪瀬元都知事・STAP細胞の小保方氏や渡辺喜美氏にしても、法律や決まりといった“事の是非”なんかよりもっと重要なものがあるのではなかろうか。それは「こんなことを繰り返していたら、誰もリーダーなどやりたくなくなってしまう」という一点に尽きるだろう。優秀な方がやる気をなくしたり 世間の面倒を見なくなってしまったら、困るのが全体なのは言うまでもないが、そうさせているのも世の中なら、これも仕方ないと感じられるからだ。

このままでは益々嫌気がさして、みんな海外へ拠点を移してしまうはずだが、真の空洞化とは、じつはこのような世間の風潮そのものから生じるような気がしてならない。しかるに下世話な保身や計算が得をしたように見えるのは一時だけで 結局は自らの首を絞めていることに変わりはないだろう。やはり教育のあり方が、人間学から自然科学へとシフトしてゆかないかぎり、大切な事は何も見えてこないのかもしれないが・・・最近の出来事を目にするにつけ、あいもかわらず日本の行く末が暗いと言わざるを得ない最大の理由がそこにあるように思う。