どうして働かないオジサンは解雇されないのか?

“役職つきの高給取り”でありながら、仕事もせず、ただ会社にいるだけの人・・・いわゆる「働かないオジサン」が、近ごろネットで話題になってるらしい。こういった方って、昔からいたものだが・・・今の若者には【なぜ彼らが解雇もされず、いつまでも会社へ居座ってるのか?】が不思議でならないのだろう。

これについては、たいていの経済解説で以下のように説明されているはずだ。  会社人の生活を保障する雇用契約には「労働力の提供」しかうたわれていない。よって“一定時間 会社に拘束されている”ならば、対価=賃金が保障される。つまり、日本の“働く”には、生産性・成果・業績とは無関係の意味もあって、著しい勤務態度の不良・能力欠如のほか、上司の指示へ従わないなどの素行問題が発生しないかぎり、会社側は解雇できないよう法律で定められているわけだが「それは日本文化やこれまでの歴史経過に基づくものだから、徐々に変えてゆくしか方法はない」のである。

といった具合だが・・・ただ こんなんじゃ、いくらなんでも納得できるほうがおかしいと思われる。じつは 事の本質って、そういった法律や制度・風習ではなく、日本独自の経済システムにこそあるのだ。したがって、考えるべきは、そもそも「どうして このような生産性もない社員を抱えながら、企業は給料を払い続けることが出来たのだろう?」という一点に絞られてくるはずである。

詳しく解説すると語弊が生じるので簡単に申し上げれば・・・ようするに『企業には元から 生産性をあげなくても賃金を払い続けられるシステムがあって、これが奇跡的に今まで継続されてきた』という事実がそこには存在するわけで、つまりは、ただ単に “何もしなくても払えるのだから、社会奉仕の一環として企業はそうしてきただけ” なのである。では、それって何なのか? といえば【金融のほかにない】のは言うまでもないだろう。

個人的には、学生や若者に対して「そろそろ本当の事を教えてあげなきゃ」とは感じてるが、その理由は単純明快で「これが維持できた団塊の世代以上はそれで良し。けれど、今の若者が定年を迎える時期まで こんなのが継続される道理がない。」からである。

知らなくても済んでいくなら、それはそれで良い。だが、それで済まないのなら 本当の事を知るべきだし、知っておかねばならないのは当たり前であろう。確実に言えるのは 『働かないオジサンは、もはや これで最後の世代。あなた方は、それをやりたくても出来そうもない。』ということだけかもしれない。