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パナマ文書の顛末とは

パナマの法律事務所から流出した大量の内部文書によって「タックスヘイブン租税回避地)を利用した金融取引」の一部が明らかとなり・・首相が辞任するなど、各国に波紋が広がっている。

「多くの政治家や著名人・企業・行政が関与してる」と、やたら騒ぎ立てるメディアや脱税疑惑の調査を始めた国もあるようだが・・ただ、これもいつもの事。そのほとんどは合法であり、罰せられる人・国・団体はそう多くないとも予想される。

したがって、おそらく批難されるのは、国民から税金を徴収する側のトップ・組織(つまり政治家・官僚に属する人々)の《道義的責任論》が中心となろうが・・思い出されるのは、以前にもあった ケイマン諸島を介した 日本の官僚組織の節税対策? だ。しかし、それもいつまにか話題にならなくなった経緯もあるし・・

来月上旬には、記録が残っている全ての企業・個人リストが公開される予定なので、その時また、ひと騒ぎあるかもしれないが、今回のデータがどれほど膨大であろうと、困るのはごく一部に留まるのではなかろうか。

しかるに、保護にしろ保証・優遇にしろ・・方法があるかぎりは「使うな!」というほうが無理であろう。ましてや欧米なんて「裁判はチャレンジだ」なんて認識を持つ国ばかり。あるものは使う! それは当然の権利? として、ここへ恥という感覚は介在する余地もないはずだ。

本質としては、道義的な行いを要求するより、その方策そのものをなくしてしまう事だが、そんなの日本だけでは出来ないに決まっており、ましてや《世の中が何も変わらない根底》には、グローバル社会の裏の認識が・・暗に容認されてる! もしくは皆が薄々は知ってても間接的・直接的にその恩恵に預かってる! そんな背景も透けて見えるわけである。

つまり、たとえ反対してても、これがなくなれば、自らの暮らしも貧しくなる! と知ったなら、その認識も変わってしまう可能性だってある! ということだが、その意味では経営者や行政・金融のトップといった人種は『誰だって奇麗事と、社員・国民・預金者の要求との狭間に立たされてる』と言えるかもしれない。

理想としては「自分が何者か?」に関わらず、すべての人が同じ常識・認識で暮らせるようになったほうが良いに決まってるが、現実はなかなか難しいもの。よって、上記のような《道義に准じれば社会が崩壊しかねない事象》については、不問にふされるのも想像に難くないが・・今回の顛末は「米国が欧州の利権をどれだけ本気でつぶすつもりでいるか?」にかかってくる気もする。はたして、どうなるのか? 経済への影響も含めて今後に注目である。