祝! サッカー日本代表 ワールドカップ出場

サッカー日本代表が ロシアワールドカップ出場を決めた。監督のヴァヒド・ハリルホジッチ氏は、じつに “良い仕事” をしてくれたと思う。オーストラリア戦で? いやいや、それだけではない。メディアやサッカー協会・関係者に対してもだ。

彼は 試合直後のインタビューで・・メディアからの質問を一切受け付けないどころか “自らの話したい事だけをしゃべった後” 「プライベートで問題を抱えている。監督を続けるかどうか? はわからない。」みたいなニュアンスを残して、さっさと会場を出て行ってしまったから、さぁ たいへん。もちろん メディアも関係者も騒然となり「辞任? 退任?」と憶測が飛び交う事態となっていた。  

しかし 翌日の会見では・・さらりと監督継続を明言。さらには「昨日の対応は 私を批判してきたメディアなどへ向けられたものだ」と言い放つとともに「監督継続は一部の人にとっては残念かもしれないが・・」との “チクリと一刺し”も忘れなかった次第である。

つまり あからさま かつ明確に【国内メディアやサッカー関係者に対して “喧嘩” を売った】わけだが、これは 最近では珍しい “胸のすくエピソード” と言えるのではなかろうか。そして、このような有り様は “彼のバックボーン” なしでは語れない気もする次第である。

ユーゴスラビア出身の ヴァヒド・ハリルホジッチ氏は、サッカー選手として、フランスのFCナントパリサンジェルマンなどの名門で活躍。2度の得点王獲得。代表としてもワールドカップや欧州選手権にも出場と・・輝かしい経歴を積んでるが、重要なのは ここからだ。

本人は何も語ろうとはしないが “ご子息のインタビュー” によると・・彼は 選手時代の蓄えを元手に母国にてカフェ・レストラン・衣料品店などのオーナーを務めるが、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で、自宅も店舗も略奪と焼き討ちにあい・・住居も資産も消滅。おまけに目の前で友人が殺されたり、自身も護身用の銃が暴発して重傷をおったエピソードなどを持つ。

フランスの狭いアパートで、一家4人が暮らすため・・監督業を始めるが 1年で退任。そこから3年間は無職となり・・42歳で一から勉強し直すことにして、Bミュンヘンドルトムントユベントスアヤックスなどの名門クラブにて無給の“研修生”となって、各クラブの監督へ頭を下げては、指導者のノウハウを苦労して学んでいったそうだ。現役時代は、毎日 朝昼晩3度の練習を自らに課し、その他の時間はサッカーの映像を見続ける毎日は・・息子の目から見ても「自分はサッカーには向いてない」と思わせたほどストイックなものだったと言う。

ようするに、彼は・・死線を乗り越え、自らの運命や境遇とも戦い続けてきた 筋金入り! という事。そのような人物に、普通の経験しか持たない メディアやサッカー関係者など太刀打ちできるばすもないのである。やはり それがどのような分野であろうと・・指導者には、命の危機や破滅・絶望などを乗り越え、自らの手で道を切り開いてきた経験が望まれることに変わりはない。

平和な現在の日本では、そんなのありえない話かもしれないが・・誰にも負けない・引かない姿勢。結果や成果のみで証明する 自らの矜持など・・そのどれもが《経験による人格形成》にて育まれるのは、なにもスポーツや経済にかぎらず、あらゆる世界で共通なのだろう。

苦労したからといって、けして 周りから幸せに見える! とはかぎらない。しかし 本人の中では確実に、経験は蓄積されてるはずだ。ゆえに 外見を眺めれば不公平に感じられる事も、内面だけを鑑みるなら・・すべてはチャラ! と言っても過言じゃないのである。